《新编日语(二)》第二課 前文と会話と読解文

第二課 春のバーゲン
前文
今日は春のバーゲンがあります。それで、留学生の中島さんは李さんを誘って町のデパートへ買い物に来ました、中島さんは靴とコートを買おうと思い、李さんはカセットデッキと万年筆を買おうと思いました。
中島さんは靴売場で、いろいろな靴をはいてみてから形の気に入ったものを買いました。サイズは二十六・五センチで、値段は二三〇元でした。それから自分の体のサイズにぴったりで、軽くて着やすいコートを買いました。
李さんはカセットデッキを買いました。ちょうど春のバーゲンなので、二割引の安い値段でした。それから、友達にプレゼントをあげようと思って、値段がやや高く、新発売でボールペンとセットになっている青色の万年筆を買いました。

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回忆像花火,太美丽

本文是电影《僕等がいた・前編》的一篇小小的影评

那天躺在床上看完了让我这个男生也飙泪的日剧《mother》,之后就是这部电影了。有花了两个小时,直到夜深到不行,手酸的不行,平板电脑提示电源剩余低于10%后,才勉强看完这部上集。

僕等がいた

制服
虽说我也不是什么制服控,但是,毕竟日式校服还是勾起了很多回忆的(插一句,吉高MM看起来还真是挺漂亮的),似乎也从另一个方面解释了为什么会怀念17岁的青春。

17岁
从头开始就觉得toma和吉高MM在这部剧的饰演的年龄毫无违和感,真像是一对高中恋人,但是看高冈演的竹内时就觉得老了。一直这么觉得的时候,突然觉得17岁离自己好远,好远。接着就是觉得自己17岁的时候,好像也没能喜欢上什么人。当然17岁无论如何也是回不来的了。生活就是这样,没有如果。

花火
小时候被烟花炸到过,所以对那些东西有些恐惧。不过远远地看,礼花还真是漂亮,只是太短暂。

电车
说实话电车分别这样的段子,在电影中从来就是高频桥段,但是导演安排得恰到好处,画面烘托的很有感觉,也为未来的故事埋下了伏笔,同时也调动了观众们的泪腺。

从釧路到東京
好远的距离,割不断是相爱的人的绊。或许我们应该相信爱情而不是相信距离。或许。。。没有这么多的或许。

「我们是无法战胜死人的」
 这句话最初应该是山本有里说的,看过下部后,对有里的看法也随着剧情的发展有所变化,中间有段情节后很讨厌这个角色,但是后来似乎没那么讨厌了,或许是有里太可怜,或许是因为其他的原因。不过有里的这句话,却被一个人战胜了,她就是七美,尽管最初因为名字和死去的奈奈相似,而可能沦为奈奈的代用品,但是七美却用自己的坚强和心,守护了自己的爱情。而很多人做不到七美那样,最大原因可能是,大家总想先获得别人的爱,而不是首先给予爱,特别是在可能看不到任何回报的时候!当然这或许是因为大家更爱自己,而不是别人!

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两周岁

先别对这个标题感到奇怪,其实去年的今天也写过一篇一样的。算上时差,或许之后的每年,都会在这个日子写下这样一篇日志的,也一样会感慨,时间过得是如此之快,转眼上一次是毕业,这一次快也毕业了。还是截个图,纪念一下。

《新编日语(二)》第一課 前文と会話と読解文

终于决定将第二册也po上网,看看还能坚持多久!

第一課 新学期
前文
冬休みが終わり、いよいよ新学期が始まりました。今日は暇なので、王さんは留学生の山崎さんを訪ねました。山崎さんはとても親切な人で、友達が来る時には、いつも部屋をきれいに掃除しておいたり、お菓子を買ってきておいたりします。
彼の部屋は広く、棚の上には家族の写真が飾ってあり、サイドボードの中には、誕生日に友達からもらったグラスセットが置いてあります。壁には、地理の勉強のための中国地図が貼ってあります。
久しぶりに会ったので、二人で楽しく食事をしました。王さんは手が滑って、コップを一つ割ってしまいましたが、さいわい、けがはしませんでした。
会話
(留学生寮で) 继续阅读“《新编日语(二)》第一課 前文と会話と読解文”